名古屋高等裁判所 昭和59年(行コ)15号 判決 1986年2月12日
控訴人(原告) 和田安雄
被控訴人(被告) 土岐市
主文
本件控訴を棄却する。
控訴費用は控訴人の負担とする。
事実
控訴代理人は「原判決を取り消す。控訴人が被控訴人に対してなした高額療養費金五〇万三七五七円の支給請求に関し、被控訴人が昭和五五年一月二八日付をもつてした高額療養費支給決定処分のうち「金四一万八二五七円を超える金員は支給しない」旨の決定処分は、これを取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は主文と同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上及び法律上の主張は、次に付加する外、原判決の事実摘示と同一であるから、ここにこれを引用する(但し、原判決の事実摘示中、各「ヴエノグロビン」を「ヴエノグロブリン」と、同八枚目裏八行目の「西尾研」を「西尾崇」と改め、同一五枚目表二行目冒頭の「つ」を削除し、同裏二行目の「一暦月」を「同一の月」と改める)。
(控訴代理人の陳述)
一 西尾病院は重症患者として入院してきた控訴人に対し救命しなければならない義務を負担していた。そして、西尾医師は被控訴人の定めた基準を上まわるヴエノグロブリンを投与しなければ、控訴人を救命できないと判断したが、そう信じるについてその経験及び知識に照らし過失はなかつた。したがつて、西尾医師のヴエノグロブリンの投与量が仮に過剰であつたとしても、緊急避難として違法性は存しないというべきである。
二 控訴人の本件高額療養費の請求は、被控訴人との間の国民健康保険法に基く、保険契約によるものであるところ、被控訴人の履行補助者である西尾病院が、控訴人に対する義務を誠実に履行したにもかかわらず、履行しなかつたとしてその責任を負おうとしない被控訴人の態度は信義則にもとるものというべきである。
(被控訴代理人の陳述)
いずれも争う。
(証拠関係)<省略>
理由
一 当裁判所も控訴人の被控訴人に対する本訴請求は失当としてこれを棄却すべきものと判断する。その理由は、次に付加・訂正する外、原判決の理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
1 原判決の理由説示中、各「ヴエノグロビン」を「ヴエノグロブリン」と訂正する。
2 原判決二四枚目裏四行目の「第一六号証」の次に「、原本の存在につき争いがなく、当審証人西尾研の証言により真正に成立したものと認められる甲第二〇号証」を、同じ行の「各記載のほか、」の次に「原審及び当審」をそれぞれ加える。
3 原判決二八枚目裏二行目の「同西尾研」を「原審及び当審証人西尾研、当審証人由良二郎」と改める。
4 原判決三二枚目表六、七行目の「これらに」の次に「当審証人由良二郎の証言」を加える。
5 原判決三三枚目裏二行目と三行目との間に、行を変えて次のとおり加える。
「控訴人は、西尾医師はガーゼタンポンによる止血術を施したため、これに使用したガーゼを感染源とする新たな感染症の発症、あるいは右ガーゼ内における起炎菌の増殖を危惧し、これを予防するために本件ヴエノグロブリンの投与を続けた旨主張する。
しかしながら、前顕乙第一号証中の論文、早川浩「免疫補充療法の現状と問題点」及び当審証人由良二郎の証言によると、免疫グロブリン製剤の予防的使用についての有効性は、麻疹とA型肝炎以外には確立されていないことが認められるから、右感染症に対する予防的使用を理由に、本件五回分のヴエノグロブリン投与の必要性ないし合理性を認めることはできない。
また、控訴人は、本件ヴエノグロブリンの投与は緊急避難として正当性を有する旨主張する。
しかしながら、前記認定にかかる診療経過及び医療水準から判断すると、控訴人が本件ヴエノグロブリンの投与によつて救命され得たとは認め難い上、その使用に関する西尾医師の判断に過失がなかつたともいいえないから、所詮緊急避難を理由に、本件五回分のヴエノグロブリンの投与を正当化することはできないというべきである。」
二 上記の認定説示(原判決引用部分を含む)によれば、被控訴人の一部不支給決定を正当とする主張はすべて首肯することができ、これを信義則違反であるという控訴人の所論は独自の見解というべく、採用の限りでない。
三 そうすると、右と同旨の原判決は相当である。
よつて、本件控訴を棄却し、控訴費用の負担について行訴法七条、民訴法九五条本文、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 黒木美朝 西岡宜兄 喜多村治雄)